自分を整えることが好きだと気づいた話

自分を整える時間をイメージした部屋で、ノートと美容アイテムに囲まれて過ごす女性 整える考え方

わたしは昔から、「整える」ということが好きだったのだと、大人になった今気付きました。

部屋の片づけやお掃除、肌のお手入れ、ノートに考えを書き出すなど。
気づけば、何かを整えている時間が、自分にとって心地よい時間になっていたのです。
振り返ってみると、わたしが好きだったのは「完璧な状態」ではなく、少しずつ整っていく過程でした。人でも物でもそうです。

この記事では、わたしが「自分を整えることが好きなんだ」と気づいた理由について、お話ししていきます。

よくわからないけど、「整える」という言葉が気になる。そんな人にとって、何かの小さな気付きになれば嬉しいです。意識したことなかったけど、わたしも?と発見があるかもしれません。

「整える」が好きだったことに気づいたきっかけ

今思えば「整える」が好きだったと、気づいたきっかけは大きく3つあります。

①部屋の片付けと掃除

昔から人と会う約束がある以外の予定は、基本的には家の中の「片付け、掃除」をしていました。

社会人になり数年の頃、上司に話すと反応に困っていた顔が今でも覚えています。
遊んだ方がいいよと言われても、わたしにとって必要な時間で、やらないと落ち着かない時間でした。
やりたくてやってるので、全然時間が無駄だと思ったことがなかったのです。

終わりも正解のないのが「片付け、掃除」の時間で、実家にいた頃に母からは、部屋汚いと言われていました。
これだけ時間かけていたら、どれだけ綺麗なお部屋に暮らしているの?と思ってしまいますよね、でもそうじゃないのです。

今思うと、理想のお部屋、暮らしイメージはわたしの中にあって、当時はYouTube動画でミニマリストさんの暮らしでした。真似をして、どんどん物を捨てすぎて後悔したこともあります。

ただ、綺麗になっていく過程が好きで、それに自分のペースで誰にも迷惑かけることのない、「自分を整える」時間。
1日の大半がこの時間で、この後書いていく②、③も含めて実行して終わっていました。

今のわたしは、自分だけの時間がとれる日は、これ!と決めて「片付け、掃除」時間をとり入れていますが、始まりは自分の時間をほぼ充てていたところから、好きだったのだと気づきました。


②美容をする

始まりは、中学生の頃、勝手にお風呂場にある母のカミソリを使ったり、酷い髪の毛のくせ毛を落ち着かせるために、柔らかい髪ゴムを何連にもして縛って寝てみたりしてました。
一重瞼を二重瞼にする癖付けや、これも母の本を勝手に読んで、腰をまわして骨盤のゆがみを整えることもしていたのを覚えています。

昔から色々なことを、自力でしていたと思います。コンプレックスの塊で、自分に自信がなさすぎて、何もしないのは落ち着かないから美容で気持ちを落ち着かせる。
そんなことが「自分を整える」ことに繋がっていたのだと思います。

美容が大好きなのですが、決して派手でなく、言わなきゃ興味あるように見えないかも?感じています。
美容の仕事についてることさえ、まだ不思議な感覚で、自分から話すことも聞かれない限りないです。疑問も持ながらずっと生きています。よく看護師さん?保育士さん?と間違われる雰囲気をしています。

数十年でわかったのが、飾る美容でなく「素を綺麗に、整える美容」を好んでいること。「ナチュラル」な美容が好きなことでした。
よくイメージする派手に飾る美容と、わたしが考える美容はだいぶかけ離れています。

体の歪みを整えることを意識してみる、素肌がどう綺麗に見えるか、メイクや髪型が作りすぎなくどうしたら自然に見えるのか?気づいたら、頭の中で考えたり、サロンに行ってみたり、SNSで観たり、実践してみたり。

綺麗になっていく過程が好きで、美容には正解がない、完璧でないことこそ、「自分を整える」ことに繋がっていたのだと思います。

美容の仕事をしていても、人が綺麗になっていく過程が見ていて好きなので、心のモヤモヤを取り除く感覚、整える感覚にもなっています。そんな好きなことだから、美容の仕事を選んで続けていることにも繋がっているとも言えます。


③ノートを書く

昔から、何かあると人に話したり相談をせず、自分の中で答えを見つけて解決してきました。
その手段がノートに今の気持ちをぶつけて書くことです。

とりあえず家にあるノートとペンで、ベットに寝そべりながら書くこともあり、床の上で膝を立てながら抱え込むようにして書いていたことも。

気持ちが平常心でない時に書くのがほとんどで、気づいたら病みノートになっていたと思います。

でもそれは、書いていると最終的に考えがまとまってくるもので、急に言われて嬉しかったことを思い出すこともありました。あの時、あの人にかけてもらった言葉があって、それで実行しいてみて今のわたしに繋がっていて…

そんなことをさらに考えていると、自分の存在がありがたく思えてくるのです。
感謝が足りなかったなと、なんでここで止まってるの?わたしらしくないぞ!と色んな感情が生まれてくるのです。

今では「自分を整えるノートの書き方」を実践して、楽しい気持ちで書いていますが、書くことが好きだっただけでなく、結果的に「自分が整う時間」として、心が整理できるのでやっていたのだと思います。

「完成」より「整っていく過程」が好きだった

整えることが好きと気づいた3つ「片付と掃除、美容、ノート」には、共通点がありました。

「整っていく過程を実感できること」「完成や正解がないこと」「自分のペースでできること」です。

片付けや掃除だと、汚れや乱れが整っていくのを感じれる。美容だと荒れた状況を整っていくのを感じれる。
ノートだと気持ちが整っていくのがわかる。目に見えてわかる心地よさがあります。

それによって、心の変化として、サッパリ、スッキリ、などの前向きな気持ちとして、自分が整う感覚がわかります。

完成や正解がないので、「ここまで」と自分で決めたらそれでお終いです。
気にならなかったら、していなかったことかもしれません。

友人に、わたしの美容の話をしてみたところ、「そんな面倒なことをしているの?みんな綺麗な人努は力しているんだね」と言いわれたことがあります。

わたしにとっての当たり前であったけど、友人にとって当たり前でなかったのです。
ただ、その時その友人は、「整っていく過程の楽しさ」を知らなかっただけでした。
一部の美容をオススメし、実践してみてくれた今では、少しずつ美容の時間を増やして楽しめている様子です。

逆にわたしは、友人が好きだという料理するのが苦手です。
必要だからすると思っている部分もあり、義務感のようになってしまうのが、苦痛に感じています。

誰かの整いは、わたしにとって違うこともあるのです。

マイペースにできて、誰にも迷惑かけることがない、時間が経つのももったいなく感じない、気持ちが上がる大事な時間。それが「整っていく過程」であり、好きなんだと思います。

整えることは、自分を大切にする土台だった

整え時間が無くなる瞬間が時にはあります。そうなるとどうなるか…

片付けと掃除をしなくなったのを例にするとします。

まず目に見えて汚いものがあると、気分まで落ちて無気力になります。

「部屋は心を映す鏡」とよく言われていますが、その通りで。だいたい心が疲れていたり、感情的になってしまう時は、だいたい部屋の中がぐちゃぐちゃ。

そして仕事までがうまくいかなくなり、身近な大事な人に冷たく接してしまいぎくしゃく。
食事も乱れてきて肌が荒れる、そこから体調不良にだって繋がることがあります。
部屋の換気もされないまま、空気もどんより…想像するだけで恐ろしいです。

このことがわかったのは、自分を整える時間を作って続けてきたからだと思っています。

それにより、自分から得ようとする情報が違ってきました。

「わたしにとっての整える時間、心地良い時間だからする」と目的があると、今までスルーしてきた情報までが目に留まるようになってくるのです。

整えの先には、理想の暮らしをしているわたしがいて、どんな気持ちで、どんな物を使っていて、どんなことをしていて。
そう未来に目を向けると、自分を大切にできていて、前向きになっている感覚がわかります。

わたしにとって「整えること」は、自分自身を大切にする土台になっています。

まとめ

「整える」が気になる人は、もしかしたら心や暮らしが「自分らしい状態」を求めているのかもしれません。

そんな一歩として、自分にとって心地よい「整える時間」を見つけてもらえたら嬉しいです。

誰にだって、自分を整えられる時間があるはずです。

誰かに言う必要も、特別なことをする必要もありません。

あなたらしい「整える時間」が、毎日の暮らしの中で少しずつ増えていきますように。

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