「整える」というと、何かしなきゃ!見つけなきゃ!と、足りないものに目を向けて、今考えていることの重大さに気づけないものです。
そこに気づけないまま足してばかりいると、思考が忙しすぎて頭がパンクしています。
結果的に心が疲れて、体も疲れて、整うことなんて忘れられた存在になってしまいます。
ここでは、わたし自身が少しずつ手放してきて感じた、自分を整える方法を書いていきます。
「〜しなければ」という思い込み
真面目な性格もあり、完璧こなそうとしてしまうわたしは、家事も仕事も勉強も、人付き合いも、全て完璧にこなさなければ!と自分を縛っていました。
そうなると、できない自分にイライラしてきます。そんな自分に嫌気がさして、さらに落ち込む。
こんなはずじゃなかったと思いながらも過ごしていくと、ある時崩れてが全て上手くいかなくなる。
後から冷静に考えてみたところ、「~しなければ」がずっと頭の中にあることに気づきました。
そこで意識するようになり、だいぶ心が軽くなった2つの例があります。
①お掃除
全部を片付けて綺麗にするのではなく、「目の前のテーブルを拭こう」「床に落ちているものを一つだけ拾おう」を積み重ねることで、これでいいんだと思えるようになりました。
続けていくと、ついでに何か1つする癖もついてきて自然と見た目も気持ちにゆとりもでてきます。
②人付き合い
「返信しなければ」「誘いを断ってはいけない」と思い込んでいた時期がありましたが、そんなことありませんでした。少し時間が空いても、「久しぶり!」と自然に話せる関係は、無理をしなくても続いていける、心地の良い関係性だと思います。
今、パッと浮かんだ人は今の自分に合っています。少しでも、うーんと考えてしまう人は当てはまりません。すでに違和感を持っているから、迷わず今は連絡も会うこともしなくて大丈夫です。
最初心苦しく思ってしまいましたが、もしまた会うべきならば、なんらかのアクションがあると思います。その時の自分の直感に従う!と決めてしまうと楽になりました。
人と比べること
スマホを手放さず持っている人にとってSNSとは、人と比べまくりの環境が常にあると思っています。だからと言って、よく聞くスマホを見ないようにする方法は、現代人ほぼ不可能に思います。
わたしは、これまで人と比べすぎてコンプレックスの塊でしたので、比べてしまう人の気持ちが
痛いほどよくわかります。
世の中には人と比べない人がいると知った時、それは不思議に思いました。
直接身近な人に聞いてみると、「人に興味がないから」「自分が好きだから」とのこと。
正直、共感できなさすぎて見えてる景色が全く違うようにその時思いました。だけど、羨ましくもなり、ちゃんと自分を持っていて素敵なことだと思いました。
同じようなものをみても、それをどう捉えるか?その人にとっての受け止め方にもよるとわかります。
わたしが効果的であった人と比べない方法は、SNSを例にすると、その言葉や動画を観た時にコメント欄を覗かないこと。「そこにわたしの気持ちはないから」。コメントを見てしまうと、そう思ってしまったことに罪悪感がでてきて、さらに人と比べて自信が無くなります。
だから今、それを見て「素直に思ったことがわたし」。それができたら、この今見ているこのブログさえも、どう思ったか?を大事にしていく。その人の考えだからと参考程度にする。
頭でまとまらなければ、浮かんできた言葉を紙に書いていく。そう繰り返していくと、今のわたしがみえてくるので、人と比べないわたしらしさを感じられるようになりました。
必要以上に抱え込むこと
家族でも友人でも、その人の人生であり、案外その人なりになんとかやっていけるはず。
その優しさは、相手の心がその瞬間和らいだとしても、わたし自身を苦しめて、たくさんの時間が奪われていたと、後からわかりました。相手の悩みを必要以上に抱え込むことはしなくてよかったのです。
困っている人を放っておけないわたしは、人のお悩みは何でも聞いていました。話しやすいと言ってもらえるのは嬉しいことですが、全て真剣に聞いて、真剣に一緒に考えて、1日中気づいたらそのことで頭がいっぱいで。それが続くと、困った時にだけ、聞いて欲しいからと相手から連絡してくるようになります。
結果こちらが消耗し、深く相手に突っ込みすぎるのはやめた方がいいと、十数年経ってやっと気づきました。相手のためにもならないし。わたしがいるから頼ってしまうだけで、いなければそれなりになんとかなるものです。わたしがなんとかしなきゃはいらない、大丈夫だから。
相手を優先させると、わたしの人生が置いてけぼりになります。あの時のあの時間、もっと違うことに使いたかったと悔やんでももう返ってこないのです。今のわたしは、何かお悩みをもし聞いたとしても、弾き返せるわたしになることも大事に思っています。それが、「整ったわたしでいること」でもあります。好きなことや、心がわくわく、ときめくことを取り入れておくこと。負の感情を弾き返すすごい力を持っていて、必要以上に抱え込まなくなっているのを感じています。
自分を責める言葉
人には、自分がされて嫌なことや言われて嫌なことを言わないのに、自分にはグサッとくる言葉ばかり。わたしの場合、「あ~もうダメだ」「わたしのせいだ~」と、独り言で話している時があります。超ネガティブ人間だった頃のわたしと、突然くる自分を責めてしまう期間は、自分を責める言葉を浴びています。
そんな時に心がけているのは、紙に今の想いままを、ひらすらに書き殴ること。
「書き殴ること!」ここが大事で、余計なことは気にせずに、丁寧さなんていりません。
わたしの場合、手帳のその日の日付部分に書き出して、足らないので別ページの余白や、後ろの方にある真っさらなスペースに書いています。スマホのメモ機能は、書いてる最中に他の情報が入ってくる場合があるので、紙がいいです。手が止まったら、それを読んでみると、酷い荒れた字に、自分しか知らない心の闇が見えてきます。でもそれもわたしで、平常心でいる時もわたし。どれも本当のわたしなのです。
最後に「よく頑張った!偉いぞ!わたし」「大丈夫、今日まで生きたでしょ?」そう言葉を発して書くのは終わり。
責める言葉を言っても書いてもいいけど、終わりをいい言葉で締めてあげます。これまで何も頑張ってないことはなくて、何かしらこれまでの人生で頑張ってきたことが想像できます。その繋がりが今のわたし。これらをしていると、わたしの場合は勝手に涙が出てきます。誰も見てないからぐしゃぐしゃな姿でも何でもいいのです。いつでもポジティブでいられなくたっていい。思える状況でなくたって、自分を褒めてあげることで報われます。
自分を責める気持ち
自分に自信がなさすぎるからこそ、自分を責め続けてしまうわたしのが前のわたしでした。
何でそんなに自信がないの?と言われてもわからなかったのです。
自信をつけるために、やりたいことをやりつくすために1つずつ挑戦して、気になる情報は常に入るように探したりとやっていました。それでも自信はつかなくて、また自分を責めてしまいます。
美容の仕事についたのも、自信のなさからで、わたし自身の綺麗も磨き続けて、きっと自信のある素敵な大人になれると信じていました。だけど、実際そうでなかったのです。
どうしてなのか考え続けた結果、「~しなければならないと思っている」「人と比べている」「必要以上に抱え込んでいる」「自分を責める言葉を言っている」今回の記事で書いてあること全部に繋がっています。自分で自分を認めてあげられる自分になることで、自信はついてくるものです。
自分を責める気もちは想像以上に強いパワーで、自分らしさをどんどん消していくものです。
なら何をどうしたらいいんだ!という話ですが、それは「感謝の気持ちを持つこと」。
これが圧倒的にわたしには不足していました。「今のわたしがいるのは何のお陰?」と自分に聞いてみます。深すぎて、ひとことで言葉にできないものです。どんどん深ぼって、それを毎日考えていると、「ありがとう」の言葉数が増えてきます。それを聞いてる相手もわたしも、悪い気持ちになりません。自分を責めずに感謝することで、自然に笑えるわたしになれています。
まとめ
手放すことは、何かを失うことではなく、自分にとって本当に大切なものを選び直すことなのかもしれません。わたしもまだ、「〜しなければ」と思ってしまう日があります。
完璧な人間でないので、できることからこれらを思い出しも少しずつ手放していくことで、心にも暮らしにも余白が生まれ、自分らしく過ごせる時間が増えてきました。これからも、自分を整えるために、小さな一歩を積み重ねていきたいと思います。まずは手放すことから始めてみませんか?