わたしにとっての整うとは、流行りのサウナで整う、部屋が整う,とはまた違います。
無理しないで自然と笑えているわたしに戻る、萎縮しないで声が出しやすいわたし、体が軽やかに動けるわたし。それらは心が軽くなったことによりできることで、世間体や我慢の積み重ねでガチガチに鎖に巻かれていたようなわたしではありません。自分に戻ることが「整う」ということです。
わたしが「整う」を意識するようになったきっかけ
最初から「整う」という、しっくりくる言葉に出会えていたわけではありません。
約10年ずっとモヤモヤしていて、これだ!と辿り着いたのが「整う」でした。
モヤモヤの始まりは、今このブログ記事を書いている日から約10年前の美容職をしている時の出来事。自身の手でお客様を綺麗にしていく中で、わたし自身の手や肌が薬品で荒れ、アレルギーにもなり、どんどんボロボロになっていきました。美容業を辞める選択は考えていなかった当時のわたしは絶望で、仕事柄もあり仕方がないと最初は思っていました。
おばあちゃんになっても働く気持ちでいたからこそ、心も体ボロボロの状態でこの先長い人生、本当に人を綺麗にすることができるのか?そもそもの問題、人をボロボロにするようなものを、わたしは人に使っていたの?そう思うと沢山の疑問と恐怖が襲ってきました。
それからのわたしは、食生活の見直し、アレルギー検査、食べ物や体に使うの物の成分の確認、健康についての情報も自然と調べるようになりました。美容職は、できるだけ薬品を使わない職場に転職をしたり、一度業界から離れたこともあります。それでも美容が大好きなので、できる範囲のおしゃれも楽しみながら、素を綺麗にする美容を意識して楽しんでいます。現在もケアをメインにした美容職に携わっていることもあり、だからこそ辿り着いたのかもしれない言葉が「整う」なのです。
整うとは、自分の本音に気づくこと
環境や一緒に過ごしている人の声、世間のよくある常識、そんなものに「こうあるべき」に縛られていたことに気づきました。小さな頃から、人の迷惑にならないように、協調性をもって行動すると、教えられて生きてきましたが、そうやってみんな大人になっているのかなと思います。
自分の意見より、まずは相手の意見を聞いているうちに、自分の意見がわからなくなり、自己主張がない人間になりました。でも、社会では積極性が求められます。そんな生きにくくて、個性もないつまらない人間に気づいたらなっていて、自分らしく生きてて素敵なインフルエンサーがとても眩しくも思えました。
正直、このままでは嫌だと思っているから、自信がなくても何かと挑戦してきて、それでも何をしてもまだ自信がなくて。小学生の頃の笑い上戸と言われていたわたしも消えていて、心から自然と笑えてる瞬間は、どれだけ今あるのかなって。ご飯が食べれて、寝る場所があって、仕事ができるって幸せなことにも気づかされて、でもどこか寂しいのはなぜなのか?
突き詰めていくと、やっぱり世間体の幸せや楽しさに振り回されていたからだと気づきました。
自分の中に眠っている、自分の本音に気づくころが「整う」なのです。わたしらしさなのです。
小さな「好き」を大切にすると、毎日が変わり始める
自分の本音に気づくのは、そんな簡単でなくて、すぐに気づかないもので。
わたしが悩んで辿りついたのは、小さな「好き」を大切に、1個ずつとり入れることでした。
でも、その好きがわからない!それさえも、自分の本音でした。そこに気づけたことがまず、わたしすごい!とさえ思っていいのです。
そんな好きがわからずモヤモヤする時は、GoogleやInstagramやYouTubeの検索履歴を見てみる。スクショした画面は何が残っている?どんなものをカメラで撮ってる?何でもなんでもいいから、何かしらヒントがあるはずで。その時の状況でも内容が変わっていて面白さもあります。
わたしの場合、美容用品やサロンや美容法の検索履歴が一番多く、悩んでいるも様子が伺えました。
そこをなぜか?深堀すると、「もっと綺麗になりたい」「コスメを見たり選んでる時間が好き」
「トレンドが気になる」そんなことが浮かんできました。
また、お出かけした先で空の写真、お花の写真をよく撮っていることから、「自然が好き」「綺麗なものや可愛いものが好き」「パステル系の色が好き」
と、自己分析でわかると楽しくなってくるものです。そうやって回数を重ねていくうちに、
ここには書ききれないので一部だけ、わたしにとっての「整う」とは?を並べます。
・ピアノの音色でジブリの曲を聴く
・青や水色が特に見る
・1人で温かい飲み物を飲む
・ゆっくり丁寧にスキンケアや髪を整える
・物を真っすぐ並べる
など
日常での「整う」が多くありました。まだまだ増えていくと思っていて、わたし自身の心の声に聴いていくうちに、これらが全く響かないものになっていく可能性だってあります。
整った先にある自分
自分の本音がわかったとき、鏡の前でニコっと笑えるようになりました。
メイクや髪型記録のために撮影していた顔写真も、過去のを見ると全部真顔。台無しでした。
美容が大好きな割に、その表情で美容の無駄遣いで、もっと大事にするとよかったのが、自分の本音だと気づかされました。
これまでの人生で、わたしが感じてきた言葉をすべてひっくるめて、「整う」になりましたが。
他の言葉にするとそこには、「わたしらしく」「自分が好きな自分」そんな言葉もあてはまります。
そんなことを書いているわたしも、まだ向き合えてない本音があります。
わたしが自分のこと大好きになり、わたし自身に投げかけて鏡の前でしっかりと笑えるようになりたいものです。だからブログも書いています。同じような人いないかな?
ここまでお読みいただきありがとうございました。